窓 『出題ミスに振り回されるな!』

   「コスモ=デ=トルレスって誰ですか?」

という質問を受けることがある。おそらく原因はこの問題であろう。

「・・・後者(大内氏)の城下町( ア )は大いに栄え、宣教師( イ )が日本最初の教会堂をたてたのもこの地である。(後略)」(青山学院大学

( ア )はもちろん山口である。問題は( イ )である。

 某有名教科書出版社が出している問題集には、答はフランシスコ=ザビエルとある。それに対して、某有名予備校講師が記した本にはコスモ=デ=トルレスとなっている。つまり問題集によって、同じ問題を扱っていながら解答が違うのである。

 厳密に言えば、某有名予備校講師の答(コスモ=デ=トルレス)が正しい。山口に日本最初の教会堂である大通寺を建てたのはトルレスであり、ザビエルではない。

 しかし、ぼくはこれは青山学院大学の出題ミスだと考えている。出題者の意図は、「大内の城下町が山口であること。そして山口でザビエルが布教した」ということを判断させようとしたのであり、これなら至極まっとうな問題と言える。山口の観光名所の教会も「ザビエル聖堂」と呼ばれている。だが、教会を建てたのはザビエルの後任のトルレスであった。これは出題者の勉強不足か思い込みから生じた出題ミスであり、受験生の知識として「コスモ=デ=トルレス」を問うたのではないと考える。百歩譲って青山学院大学が、用語集にも載っていないトルレスを判断させる悪問を出したのだとしても、この正否が合否を左右するとは思えない。受験生にとってあくまでおさえるべき基本は「大内の城下町が山口であること。そして山口でザビエルが布教した」ことである。

 同様のことは次の問題でも言える。

「大仏(盧舎那仏)建立の詔が出された時の都はどこか、記せ。」

 普通は「大仏(盧舎那仏)建立の詔が出された場所」と問われる。答の紫香楽宮は、基本中の基本である。しかし、都といわれると恭仁京と答えざるを得ない。紫香楽宮はあくまで「宮」であり、都である「京」ではない。しかしこれで恭仁京を正答としているのであれば、天下の悪問と言う他なく、これは不用意な言葉の使用例であり、出題ミスだと思う

 有名な出題ミスには、次のようなものもある。

「・・・一方当期(平安時代前期)の大学では、文学は( ア )、史学は( イ )を中心に講学の風が盛んとなり(以下略)」(同志社大学

 これは明らかに同志社大学の出題ミスである。「有名な」といったのは、同志社は一度ならずこの問いを出している。ミスをすること自体は仕方のないことだが、フィードバックの機能も、少なくとも繰り返した時点では同志社にはなかったと言える。

 答は(ア)(イ)ともに紀伝道であり、文章道と答えてもをくれる。古代の学問は「儒教を学ぶ明経道の教官を明経博士」といい、「律令を学ぶ明法道の教官を明法博士」と言った。しかし、「漢文学と史学を学ぶ紀伝道の教官を文章博士」とよんだため、後世、紀伝道と文章道が別であったような誤解を生じたのである。(時代によって紀伝博士という名称があったことも事実である。しかし基本的には紀伝道の教官が菅原道真のような文章博士である。)

 受験生にとって大切なことは、重箱のスミをつつくような悪問や、出題ミスとも考えられる難問に振り回されないことである。あくまで基本となる幹があって、枝葉がある。
  かく言うぼく自身、30歳代になったばかりのころは、ホームルーム日誌に「快元、どちりなきりしたん、コタンコロクルはクラスの常識です。」なんて生徒に書いてもらって、うれしく思っていた時期もあった。今考えると恥ずかしい限りである。

 授業を受けた者にとっては「耳にタコ」状態であろうが、「受験はいかにして最下位で合格するか」、つまり「合格最低点を取るために何をすべきか」であって「マニアものは俺に任せろ」(知らない?)は受験に失敗する鉄則である。

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