新人墓マイラー奮戦記3 染井霊園周辺1「遠山の金さんから田沼意次」の続きである。
勝林寺から、そのまま染井霊園へ。
ここで愚かな失敗をする。初めて青山霊園へ行ったときも、最初闇雲に歩いた挙げ句、事務所へ行けば地図があることを知った。
今回は、しばらく歩いた後に事務所近くに地図の看板があることに気づき、それを手帳に写してまた歩き出したのだが、やはり分かりにくい。
かなり歩いてから事務所に行くと、「やっぱり〜」という感じだった。やはり地図があった。しかも青山霊園より分かりやすい。何となく1時間ぐらい無駄にした感じがした(本当はそんなにたっていないのだろうけど)。
でも、悪いことばかりではなく、「染井霊園MAP」には掲載されていないが、地図の看板に番地は記されている人もいて、その中にぼくにとっては重要な人がいた。
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二葉亭四迷。通路に案内の標柱が立っていた。言文一致運動のおかげで今の日本語や小説があります。 | 岡倉天心。自文化のよさに気付かせてくださり、ありがとうございました。 | 陸羯南。新聞『日本』。正岡子規を支えてくださいました。 | 田早苗。早稲田大学の学生や志望者は知っているでしょう。今の早稲田にした人。 |
でもここを訪れようと思ったきっかけは、この人たちに参るためであった。
高村光太郎と智恵子が眠るの墓。『智恵子抄』を思った。どんな状況になっても、妻を変わらず愛し続けられる男は素晴らしいと、墓を見ながら思った。高村光雲も一緒に眠っている。
と、ここまでは「染井霊園MAP」に載っている人。始め、うろうろしたことが必ずしも無駄でなかったと思えるのはここから。
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福岡孝弟。五箇条の誓文が一番有名でしょうか。 | 若槻礼次郎。説明の必要はないでしょう。浜口雄幸を首相にした人でもあった。 | 宮武外骨。これぞジャーナリスト。外骨は17歳のときに自ら付けた本名。 |
宮武外骨は、ジャーナリストではあっても、自らの力を悪用して私欲を働くマスメディアに対しては「ユスリ記者」と呼んで激しい批判をあびせた。
さらに終戦後は、GHQによる検閲や発禁処分を度々受けている。それに対して「何が言論の自由か」と言い、「言論の規制を敷いている点では戦前の日本政府とGHQは大して差が無い」と批判した。
今日、事実と違う記事を書いて、抗議を受けると「読者のニーズがありますから。」と平気で言うマスコミ関係者がいるが、彼らは宮武外骨に言わせれば「ユスリ記者」そのものなのだろうなと、墓を見ながら思った。
その墓に、ビールではなく発泡酒が供えられていたのも、ちょっと気に入ってしまった。
染井地域の最後に、別の意味で有名な人の墓へ行ってきた。
「東海道四谷怪談」のヒロイン、お岩さんの墓である。染井霊園からさらに北へ。西巣鴨の妙行寺にある。近くにお寺がたくさんあって分からなかったので、遅めの昼食に中華料理屋へ入って、そこで尋ねたら、最初の信号がある交差点を左に曲がってすぐのところだった。ちなみにこの通りは「お岩商店街」と言われている。
お岩さんと夫の田宮伊右衛門は、本当は仲睦まじかったらしい。墓の周りにたくさん卒塔婆が並んでいるのは、「卒塔婆に願い事を書いて供え、熱心に祈願すれば叶う。」という話があるからだそうである。
高村光太郎・智恵子夫妻、田宮伊右衛門・お岩夫妻と、仲睦まじかった二組の墓に参って、染井地域から、雑司ヶ谷霊園へと移動した。
「新人墓マイラー奮戦記5 雑司ヶ谷霊園「岩瀬忠震から小泉八雲」へ)
2013.2.10