エピソード 『これが現実?ー蟲愛づる姫君ー』

 私ごとだが、ぼくは今、公立の中等教育学校に勤務している。中学校では生徒が毎日『あゆみ』と呼ばれる生活記録を提出するのだが、その中にあった中学3年生男子2人のコメントである。

その1
 愛した女に子孫を残すという理由で喰われるコオロギのオスと、血なんか一滴も吸わないのにメスのとばっちりを受けて叩きつぶされる蚊のオスと、生まれ変わるんだったらどっちのほうがマシかなと考えた結果、あまり苦痛も感じず一瞬であの世へ行けるということで、蚊のほうがいいという結論に至った。

その2
 部屋に蟲がさかんに出没する季節となりました。ぼくの部屋には蚊はおろか蜘蛛や百足、家守などの蟲がよくでます。(この後、ページ一面に虫ヘンの付く文字が書き綴られていた。)

 ちなみに、この男子生徒2人はともに極めて成績優秀な人物である。特に蜘蛛や百足、家守を表すのにという漢字を使うところなど心憎い。
 古代日本では、昆虫以外の蛙(カエル)などの小動物も蟲(ムシ)と呼んでいた。蜘蛛や蛙、蛇は昆虫ではないのに、漢字に虫ヘンが付いている。

 そもそも世界の中でも日本人は、ムシに興味を持ってきた民族だと思う。君たちの中にも「ファーブル昆虫記」を読んだことがある人は多いのではないか。しかし、ファーブルの祖国フランスでは、彼はほとんど知られていない。世界中で最もファーブルを知っている国は日本だという意見もある。理由は、フランス人はほとんど昆虫に興味を持たないからだそうだ。「フランス人は、犬より小さいものは目に入らない。」という皮肉った言葉もあるらしい。

 閑話休題

 日本の古典で虫がネタになるものとして、受験生なら誰もが知っているのは「枕草子」の「春は曙」の続き

「夏は夜。月のころはさらなり。やみもなほ、ほたるの多く飛びちがひたる。また、ただ一つ二つなど、ほのかにうち光りて行くもをかし。雨など降るもをかし。
 秋は夕暮。夕日のさして山の端いと近うなりたるに、烏の寝どころへ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛びいそぐさへあはれなり。まいて雁などのつらねたるが、いと小さく見ゆるはいとをかし。日入りはてて、風の音、虫の音など、はたいふべきにあらず。」

だと思う。いかに日本人が古代から虫を身近に感じていたかが分かる。

 しかしやはり究極は「堤中納言物語」の「蟲愛づる姫君」(むしめづるひめぎみ)ではないか。「堤中納言物語」は平安時代後期の短編集である。10編の作品が収められているが、堤中納言という人物はでてこない。「物語をつつむ」から「堤」になったのではないかなどの意見があるが、作者・成立年代ともに不詳である。

 蟲愛づる姫君は、最近では夢枕獏氏の『陰陽師』の中で露子姫として登場している。読んだ人は分かると思うが、あの姫のイメージは「堤中納言物語」中の姫そのものであり、古典に題材をとってそのイメージをふくらませて作品にする上手さでは、夢枕氏は芥川龍之介に通じるものがあるように思う。夢枕氏は、作品中でも姫に付き従う童の名を原作のまま螻蛄男(けらを)などとしている。

 物語中一番有名なシーンは、親(大納言)が「世間体を考えてくれ」というのに対して姫が、「物事の本質を見ろ。毛虫が蝶になるのだ。絹だってもとをただせば蚕じゃないか。」という場面であろう。
 そんな姫を貴公子(右馬佐)が蛇の作り物を使ってからかう。(ここから蛇も蟲であったことがうかがえる。)
 姫の対応にさらに興味を引かれて彼女をこっそり見に行く右馬佐。お歯黒もせず、眉も抜かないという彼女は、当時の姫君の常識から遠く外れていても、これは美少女だと彼も認める。(文中には何度も姫が
素材は美少女であることを示す言葉がでてくる。)

 で・・・。今風のドラマなら
Happy Endになるんだろうなぁ。『落窪物語』もHappy Endだし・・・。

 でも実際には、
貴公子右馬佐は、

鳥毛蟲にまぎるゝ眉の毛の末にあたるばかりの人は無きかな(かはむしに まぎるるまゆの けのすゑに あたるばかりの ひとはなきかな)

 つまり、「毛虫と見間違えるようなあなたの眉毛の先ほどにでも私はふさわしい男ではない」と言って笑いながら帰ってしまうのであった。

 彼女はやはりキワモノ(際物)であって、まともな恋の対象にはならなかったというわけである。

 まぁ、恋愛に対して男はやっぱりいざというところで勇気がないというか、保守的ということかな。

2006.8.1

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