エピソード 『現代版往来物』


 今年(2003年)のセンターテスト(日本史A)でも出題されたが、どうも『往来物』や『庭訓往来』は、文化史としてはよく出されるというイメージがある。(思い込みかもしれないが)特に庶民の生活や文化を扱った設問の時は多い。
 『往来物』について本編では『手紙』と記したが、山川の『日本史用語集』には、「往復一対の手紙を集めた形で編集された教科書」とある。

 ところがこれが受験生にはなかなかイメージしにくいらしい。『室町・江戸時代の庶民教育の教科書』と問われたら、脊髄反射で『庭訓往来』『貞永式目』と答えよ。と言われて「庶民の教科書→庭訓往来」と丸暗記することは出来ても、『往来物』そのものがピンとこない。

 『往来物』とは手紙の例文集の総称である。平安時代の藤原明衡(あきひら)による『明衡(めいこう)往来』を最初として、一条兼良の『尺素(せきそ)往来』など7000種が出版されている。受験問題の中には、『庭訓往来』と特定させるために「玄恵の作とも言われる」とわざわざ断っているものもあったが、「往来物の何か」だと判断したら、『庭訓往来』と答えて90%はあっている。

 さて、手紙の例文集とは何かという話である。ぼくの大学時代、研究室にも一冊、厚い手紙の例文集の本があった。その中に嫌いな相手からのプロポーズを断る手紙の例というのがあった。

「・・・もうこんなことはやめてください。・・・・私の柔道3段の兄もかんかんに怒っていて、恐いくらいです。・・・」

なんなんだ。

 さらに10年ほど前、同僚の先生が新しいワープロを購入した。それには「ハ○コの代筆」というソフトがついていた。やはり「嫌いな相手からのプロポーズを断る手紙」はあった。しかも、これは「嫌いな理由」を入力するようになっていた。

「嫌いな理由?なんやろ。やっぱり一番は顔やろ。」

という訳で、「嫌いな理由」→『顔』と入力した。そして「実行キー」 果たして・・・

「・・・突然のお話にとても驚いています。あなたのお気持ちは大変うれしいのですが、残念ながら私はそれに応えることが出来ません。なぜなら私はあなたの顔が嫌いです。・・・・」

 こんな手紙を書く奴はいない。使えないソフトであった。

 やはり手紙は自分の言葉で書くものですよ。

(2003.1.21)

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