エピソード 『庶民の夢 ー御伽草子ー 』

 「御伽草子におさめられている話を1つ記せ。」と言われたら何をあげるか。

物ぐさ太郎』『一寸法師』『浦島太郎』『さるかに合戦』『酒呑童子』『蛇婿入り』『狐女房』・・・・・

 小さい時、おとぎ話として聞いた話ばかりである。そしてこれらには共通したモチーフがある。

(1)異次元の世界を旅して、特異な経験をして帰ってくる。異界流浪譚(例:浦島太郎
(2)人間と人間以外のものが結婚する。女が人ではない場合は、男が約束を破って不幸になる。 異類婚姻譚(例:狐女房)
(3)身分が低い(と思われている)ものが、知恵・才覚で困難を乗り越え、出世する。立身出世譚。そしてたいていは、出世した後、主人公は実は高い身分の人の落とし胤(貴種)であったことがわかる。(例:一寸法師、物ぐさ太郎)

(最近、『物ぐさ太郎』は実は動なかったのではなく、病気(ハンセン病)で動なかったのではないかという説が、国文学のほうから出されている。興味深いが今回は触れない。)

 一般的に最初に知る話は『一寸法師』か『浦島太郎』、それも絵本ではないだろうか。例えば『浦島太郎』はこんな感じだったのではないか。

 太郎が浜辺を歩いていると、子どもたちが亀をいじめていた。「これこれ、弱いものいじめはやめなさい」と言ったことになっている。(中には銭を与えて亀を買い取ったというものもある。そうすると使われた銭は永楽通宝か、それともビタ銭か。)
 翌日、逃がしてやった亀(もしくは亀の親)が、お礼に来て、「龍宮城へ招待する」という。亀が人語を話すという脅威!しかし太郎は動じることなく、亀の背に乗って海の底へ向かう。海底まで息が続く肺活量の素晴らしさはさすが漁師!BGMはさしずめ「ガメラ〜、ガメラ〜
 龍宮城は「絵にも書けない美しさ」と書いてある絵本。不思議なこともあるものだと、子ども心に思った。海底では絶世の美女乙姫が出迎える。海の底に住んでいる女なんて、絶対人間ではない
 絵本ではごちそうは尾頭付きの刺身。おまえら共食いじゃないのか? しかも「鯛やヒラメが舞い踊る」とある絵本で、後ろで踊っているのは、鯛やヒラメに首から下の人間がついている。こんなのが本当に後ろで踊るのを見た日には、卒倒するぞ!
 太郎は乙姫といい仲になった。(とは書いてないけど)ここで異類婚姻譚のモチーフも成立する。実際、最後は彼が彼女との約束(玉手箱をあけてはならない)を破って不幸になる。(でもね、絶対あけてはいけないものなんて、プレゼントしてはいけないし、太郎も「じゃあ、いりません」って断らなきゃ駄目なんだ。美人から何でもホイホイ貰うなということだろう。)

 ところで浦島伝説は、『万葉集』や『日本書紀』『風土記』にも見られる。「校註日本文學大系」の『御伽草子』ではこうなっている。

「昔丹後の國に浦島といふもの侍りしに、其の子に浦島太郎と申して、年のよはひ二十四五の男ありけり。」から始まる。
浦島太郎は、一度は釣り上げた亀を
「鶴は千年亀は万年と、長命である。ここで命を取るのはかわいそうだから助けてやろう。常にこの恩を思い出せよ」
と言って逃がしてやる。翌日漁に出ると、沖合いに美女がたった一人乗った小舟が浮かんでいる。事情を聞くと、
「ある所へ行くため都合のいい船に乗ったところ、嵐に遭って大勢が海へ落ちる中、心ある人が私一人をこの小舟に乗せてくれました。助けて下さい。このままではどこへ行くか分かりません。」と言い「どうか故郷へ送り届けてください」と泣く。
憐れに思った太郎は小船に乗り移り、10日ほど漕ぎ続けて女がいう地へ着き、そこで彼女と夫婦の関係を結ぶ。そこが龍宮城であった。龍宮城には、四季を鑑賞できる窓など珍しいのもがあった。太郎はそこで三年を過ごす。「三年が程は、鴛鴦の衾の下に比翼の契りをなし」とされている。
父母のことを思い帰りたいという太郎に、彼女は、自分は助けられた亀であり、太郎を慕って夫婦になりたいと思ったのだと打ち明ける。そして形見にと玉手箱を渡す。
故郷に戻り、あまりの変わりように呆然とした太郎が、玉手箱を開けると、竜宮城で過ごした700年の時間が入っていた。
太郎は、鶴に変身して、仙人の住む蓬莱山で姫(亀)と愛を添い遂げ、夫婦の明神となった。めでたいことである。

 こうなると、いかに『浦島太郎』が庶民の夢を描いているかが分かる。

 『一寸法師』や『物ぐさ太郎』が、夢なのは更に分かりやすい。(しかし、原作(「校註日本文學大系」の『御伽草子』)の『一寸法師』なんか、そうとう悪どい。姫をものにするために、彼女や周囲を陥れる手口など、本当にヒーローか! おじいさんとおばあさん(と言っても法師が生まれた時は41歳だが)も、大きくならない、言わば障害者であった法師を、うっとおしく思って追い出すわけだから、ひどいもんだ。それでも栄達を遂げた法師は、彼らを厚遇してやるのだから分からない。どうなってるんだ?)

  上の権力基盤が脆弱だった室町時代、特に後期は、立身出世の庶民の夢がかなう可能性を持った時代でもあった。その典型例が、豊臣秀吉なのは言うまでもない。

(2002.10)

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