エピソード「レッド・パージと映画」

 私事で恐縮だが、僕はあまり映画が好きではない。というよりドラマが好きではないのだ。だからいわゆるトレンディードラマもほとんど見たことがない。教員になったころ母親に、「それでは高校生の気持ちが分からない」と言われたこともある。

 そんな僕が授業で利用する外国映画が4つある。

 『CITY LIGHTS』『Singin' in the Rain』『MONSIEUR VERDOUX』『THE WAY WE WERE』である。それぞれ日本名は『街の灯』『雨に唄えば』『殺人狂時代』『追憶』となっている。『街の灯』と『殺人狂時代』はチャップリンの作品である。

 このうち『街の灯』と『雨に唄えば』は、「大正・昭和初期の文化」の単元で、無声映画からトーキーに変わっていったという、時代感覚を伝えるために利用している。ストーリーはたくさんホームページが出てるので、参考にしてください。

 ただ『街の灯』は無声映画(字幕入り)だけど1931年の作品である。「えっ、もうトーキーの時代なのに、無声映画なの?」と思ったあなた。チャップリンは当初、トーキーには反対だったという。理由は「トーキーになれば英語が分からない人は楽しめない」から。『街の灯』は字幕も最小限です。

 盲目の花売りの少女を助けるために、貧乏なチャーリーは金持ちを装って(最初に彼女が勘違いしたのだが)援助をする。彼女が感じるのは花を渡す時触れる彼の手だった。すったもんだの結果、億万長者の酔っぱらいから大金をもらった彼は、それを彼女に渡して目の手術を受けるように言う。ところが酔いが覚めて、自分がしたことを全く覚えていない億万長者は、彼を泥棒として訴える。
 数ヶ月後、刑務所から出てきたチャーリーはぼろぼろである。彼女は花屋を開いていた。チャーリーは犬も馬鹿にするような有様である。見かねた彼女が小銭を渡そうとする。手が触れる。彼女の表情が変わり・・・

You?
You can see now?
Yes,I can see now

一輪の花を持った右手を口元に置いたチャーリーの笑顔で、映画は終わる。『CITY LIGHTS』というタイトルもぴったりである。

  しかし、『殺人狂時代』と『追憶』は、やや状況が違っている。

 『殺人狂時代』(舞台はフランス)の主人公ヴェルドゥ(チャップリン)は、長年まじめに勤めた銀行を不況で解雇される。彼には愛してやまない妻子がいた。家族を養うため、彼は、金持ちの中年女性を次々と誘惑し、騙したり、殺害したりして財産を奪う。彼にとって殺人は、「楽天的でないとできないビジネス」であり、精力的に「仕事」をこなし、札束を数え、電話をかける。妻子には忙しくてなかなか家に戻れないように見せかけ、猫をいじめる息子をたしなめ、「暴力は暴力を生むんだよ」と言う。
 転機は、毒薬の実験に利用しようとして接近した、出獄したばかりのとの出会いであった。戦争で傷をおった夫を養うために罪を犯し、さらに服役中に夫を失った彼女はヴェルドゥに、「彼は私の信仰だった。あの人のためなら殺人だってしたわ」という。その言葉に、妻子への自分の愛を重ね合わせたヴェルドゥは、彼女を殺せなかった。
 だがその後も、ヴェルドゥは殺人をやめない。自分を疑う警部を平然と殺し、目的に向かって邁進する。街でと再会しても、「仕事を続け給え」と金を渡して、冷たく立ち去るだけである。
 しかし、大恐慌によって破産し、戦争で自分のすべてをかけて守ろうとしていた妻子を失ったヴェルドゥは、生きる目的を失ってしまう。再会したあの殺せなかったは、軍需産業の社長夫人(愛人)となっていた。ヴェルドゥは、「それまでの多忙な『仕事』は悪夢のようだった」と話す。
 ヴェルドゥの逮捕の時が来る。もはや、生きる目的を失ったヴェルドゥは逃げない。かといって自首や自殺をするほど、自らの闘いの「負け」を認めもしない。「私の運命に従うまでです」と言う。
 そして最も有名なのは、ギロチンによる死刑に臨んで言うセリフである。

1人殺せば殺人者だが、何百万人も殺せば英雄だ。

(14人殺したことについて)
大量殺人なら世界中がやっている。必死で兵器を造っている。無実の女子どもを吹っ飛ばしている。しかもとても効率よく。私などアマチュアだ。

 この映画が作られたのは1947年。アメリカが第二次世界大戦の勝利に酔っていた時である。この映画によって、チャップリンはレッド・パージの中、共産主義者としてアメリカから追放されることとなる。
 戻ってきたチャップリンに対して、イギリスがナイトの称号を贈ろうとしたのを、アメリカが圧力をかけてやめさせたことも分かっている。(結局、彼がナイトの称号を与えられたのは、アメリカが彼の再入国を認めた、晩年になってからであった。)

 レッド・パージの嵐(マッカーシズム/レッド・パージの先頭に立ったマッカーシー議員の名から来ている)は、チャップリンに対してだけではなく、ハリウッド全体に及んだ。そのことが大きなモチーフとなっているのが『追憶』である。(高校時代に、全日空ホテルの落成記念名画試写会へ、某先生のお供(ツバメ?)をして見た時の記憶なので、間違いがあったらすみません。特にセリフ部分)

 舞台は朝鮮戦争の準備を始めた頃から、ベトナム戦争の頃までのアメリカである。
 反戦運動の闘士であるヒロイン(バーバラ・ストライサンド)。恋に落ち結婚するが、やがてあくまで理想を追求する彼女に、ハリウッドで成功し、良心的な市民として生きようとする(ロバート・レッドフォード)はついていけなくなる。そして別れ。
 数年後、かつての仲間と学生時代にとったフィルムの上映を楽しんでいた彼は、大学の全学集会でマイクを片手に演説をする彼女の姿を見る。笑う仲間たちの中で呆然と彼はつぶやく。
知らなかった。彼女、こんなに輝いていたんだ
 ラストシーン。再婚した彼が、街角でベトナム戦争反対のビラを撒く彼女に出会い、言葉を交わす。別れ際、彼が呼びかける。
ねえ、結婚したの?
したわよ。いい人。イニシャルは(何とか).(エックス)よ。じゃあね。
彼女の背中を見送る彼。遠景となり、映画は終わる。

 私事だが映画終了後、「(エックス)で始まる苗字はない」(つまり彼女は結婚していない)ということに気付いたかどうかを先生に試され、合格したのでその後もサロン(?)への出入りを認められた。(先生の準備室兼カウンセリングルームのような部屋があった。そこで本質的には悩みがない連中が、百人一首をとったり、「スクランブル」という英単語を作って並べるゲームをしたり、漢文の講読会をしたりと、言ってみれば有閑倶楽部のようなものだった。)

 この映画の背景には、ハリウッドを襲った「ハリウッド・テン」という事件がある。
 レッドパージは映画界にも及び、当時評判だった俳優や監督などが次々と転向を強いられた。最後まで屈しなかった10人が逮捕・投獄の後、映画界から追放された。この事件を「ハリウッド・テン」という。

 自由の国と言われるアメリカで、ベトナム戦争に反対したジョン・レノンが追放された話は有名である。しかし、このような動きは決して過去のものではない。最近では、テロへの報復としてのアフガニスタンへの軍事行動に反対した女子高校生が、退学処分になり、裁判所もこれを支持している。(政府の方針に反対だと言ったということで、高校生が退学になることが、現在の日本であるだろうか?)

 「歴史は繰り返す」という。有名なワイツデッガー独大統領の、「過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目になる」という言葉の意味を、もう一度考える時だと、僕は思う。

(2002.10)

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