頂いたメールから 『受験日本史の可能性』
 
 

 2013年5月9日、うれしいメールをいただいた。

 慶應義塾大学文学部1年生の男子学生からである。

 コラム「頂いた質問から(12) 『坂下門外の変の背景』」に追記した、ぼくと塚原哲也先生との意見交換を読んでのお便りであった。


はじめまして。慶應義塾大学文学部一年のNと申します。

先日の『坂下門外の変の背景』を拝見し、思うところがあったので初めてメールさせていただきました。

(略:野球部に所属し、夏まで部活動をしてからの受験生活であったこと。そしてぼくのHPに対する過分な謝辞が記されていた。)

唐突ですが、私は日本史が大好きです。
歴史の大きな流れや、土地ごとの歴史・風土に興味があります。


(略:理系の学問とは違う歴史を学ぶことの意義について、彼の考えが記されていた。とてもおもしろい視点なのだが省略させてもらう。)

先生にはつまらないことを長々と書いてしまいましたが、ここでお礼を申し上げたいのです。

受験を通して、私は少し歴史が面白くないと思うようになっていました。
丸暗記を強いられたり、周りの友達が意味もわからず語呂合わせを連呼したりするのを見て、嫌気がさすこともありました。仕方ないことだとは思いますが。

私の通っている大学では、2年生から専攻が決まるのですが、何を選ぶのか、少しだけ悩んでいました。
日本史学にしようと考えていたのですが、やはり就職のことなどを思い浮かべてしまうと、不安だったのです。

そんなとき野澤先生と塚原先生の『坂下門外の変の背景』のやりとりを拝見して、やっぱり歴史は自分の考えていた面白いものだったのだ、と気づきました。
くだらないことのようですが、自分の中では興奮して、史学を専攻したいという希望が再びでてきました。
生涯史学に携わりたいという以前からの夢も、現実にしたいと思っています(そうした職業は見つけるのは難しいですが・・・)。

これこそ偶然かもしれませんが、先生が掲載してくださったやりとりは自分の中で、大きな変化をもたらしてくれました。
再び先生に感謝したいです。ありがとうございます。

合格の報告と、今の心境を伝えたかったので、メールさせていただきました。
純粋に、一度先生にメールを送ってみたいという希望もあります(笑)。
私は先生の、謙虚で柔らかいながらも情熱的な言葉が大好きです。これからもお体にお気をつけて頑張ってください。
将来は先生方のようなやり取りができるようになりたいです。
長文失礼いたしました。



ぼくたちのやりとりが、若い人の歴史研究に対する情熱を高めることになったのなら、こんなうれしいことはない。
そして、そのきっかけをくれたのは、これも若い、金沢にすむ高校3年生の女子生徒の質問メールであった。


彼の文章の中に日本史学を専攻しようと考えていたが、就職のことなどを思い浮かべてしまうと、不安だった」という内容があった。

実は以前、ぼくの教え子にも同じ事があった。

一人の女子生徒が、慶応大学の文学部と商学部に合格した。本人は、歴史や文学が好きで文学部へ進学したい。しかし保護者は、就職のことを考えて商学部がよいという。

「就職難の時代に通用するような能力なんかかけらも持ってないし、持てる自信もありません。だから、職業に少しでも直結してる商学部の方がいいのかな。」
「母は歴史ゼミとかに入って趣味でやれば、とも言ってます。」

ぼくは、親交のある石渡嶺司という受験・就活ジャーナリスト(『就活のバカヤロー!』、『アホ大学のバカ学生ーグローバル人材と就活迷子のあいだー』、『時間と学費をムダにしない大学選らび』(毎年更新)などの著書がある。)に聞いてみた。
彼の返答は極めて明快であった。
具体的なデータを示した後で次のようにいわれた。

文学部は確かに職業に直結した学部ではありません。しかし、それは商学部はじめ他の学部についても企業は同様の視点をもっています。
ごく一部の金融系なら経済・商学部生を優先するでしょうけどその程度。  
ほとんどの企業はポテンシャル採用ですので、日朝外交史でも源氏物語でも株主総会の仕組みでも何でもほぼ同列。大学時代に頑張ったかどうか、それが重要です。
メールを拝読した限りでは、その生徒さんは文学や歴史などに興味があるとのこと。まあ、フタを空けてみれば経営学などにも興味をもたれるかもしれませんが、興味を持てない可能性も高いでしょう。大学時代の勉強に頑張れないようでは、慶応と言えども、「その他・進路未定」に転落する可能性すらあります。

(「その他・進路未定」というのは進学でも就職でもない、フリーター等ということだと考えて良い。)

石渡さんは、「就職に直結する学部は医学部と医学系学部だけだ。」とまで言っている。あとは、学部・学科に関係なく、学生時代の姿勢で決まると。

「大学時代に頑張ったかどうか、それが重要です。大学時代の勉強に頑張れないようでは、慶応と言えども、「その他・進路未定」に転落する可能性すらあります。」

本当に自分が興味・関心があることを一所懸命学ぶ。それが、そのまま就職活動にもつながっていく。就職に有利か不利かで専攻を考えるなど無意味だとはっきりと言える。


(略)とさせたもらったN君の歴史に対する考えの中に、次のような文章があった。

結局、歴史の事件に関して言えば、相手にするのは人間ひとりひとりなんだということの再認識もしました。
塚原先生のおっしゃっていた単なる勘違いや発作的・偶発的なものが大きかれ小さかれ歴史を変えることがあると思いますが、
その人間味こそが歴史の醍醐味であると自分の中で思っています。
(反対に、ある期間を通して存在するひとつの原理をみつけることももちろん大きな魅力だと思っています。)



結局、相手にするのは人間ひとりひとり

それは、教育活動そのものについても言えると思う。

「坂下門外の変」という一見、受験日本史の知識にみえるものを巡る二人の学生からのメールは、若い子の真摯な姿とともに、改めてぼくに、受験日本史のもつ可能性を感じさせてくれるものとなった。

2013.5.11

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