3月10日、うれしいメールをいただいた。
頂いた質問から(11)『東大の日本史の書き方について』で取り上げたB君から、無事、東大文Tへ合格したという知らせだった。
彼からのメッセージの中に次のような文面があった。
あのまま一人で悩んでいたら、D社への不信だけが高まり、自分の学力の向上ではなく、D社へのあら探しやこき下ろしに無駄な力を注いでいたかもしれません。
D社は、本当に東大の日本史を研究している。
先生のこの言葉は、たぶん先生がご想像なさっている以上に、僕にとって有りがたかった言葉です。
彼の言うとおり、思ってもみなかった。過分な謝辞の後、さらに
実は今日、本郷で合格を確認した後、母校に報告に行く時の手土産を購入していました。そこで、先生にもなにかと思って日本酒を買っちゃいました。以前、お酒をお飲みになると、そして先生のサイトのコラムにもお酒を飲んでいるということがあったので。
・・・・・自分が未成年だということをすっかり失念していました(笑) 自分で飲むわけじゃないのでまあセーフということで。
今帰宅して、初めてどこに送ればいいかわからないことに気づきました……。買ってしまったので、もし良かったら送り先を教えていただけないでしょうか?
郵便局留めもたぶん出来ると思うのでよろしくお願いします。
「郵便局留め」
さりげなく自宅を教えてくれとはいわない、と書いてある。何という配慮だろう。こういう青年が東大に行くのだ。日本は大丈夫だと思った。
実はこの約1ヶ月前、初めての方からも、涙の出るありがたいメールをいただいた。
その人は、学校生活につまずいて引きこもりになった。そのため義務教育も満足に受けてなかったのだけど、そこから抜け出すために高卒資格を取り、22歳で初めて大学受験をしたという人だった。そして関西学院大学と関西大学へ合格したという知らせと、ぼくのHPに対する過分な謝辞だった。将来はかつての自分のような、引きこもりになっている人を助ける仕事に就きたいと書いていた。
この二人には共通するところがある。
そのことを、B君への返信の中で記した。
君の場合とはかなり違うかもしれないけれど、共通するところもあります。
それは程度に差はあれど、「つまずいた経験」をしたことです。
この1年間、学歴がなかったでしょう。
それまではA高校ですから、誰に学校を聞かれても恥ずかしくはなかったはずです。でも、昨日までの自分と何ら変わらないのに、世間の評価が変わる。
「学歴そのものでは、人は判断できない。」
ことを身をもって知ったと思います。
このことは東大文Tへ行って、将来どの方面へ進むにしても、必ず君の役に立つと思います。それは
「努力の意味を知っている。さらに叶わなかった者の悲しさ、悔しさも知っている。」からです。
成功したからこそ言えることでもありますが、東大へ合格したことと並んで、君にとってのこの1年間には意味があったと思います。
このことを、ぼくのHPを利用してくれていて、そして今、つまずいている、あるいは、つまずきそうな受験生みんなに伝えたい。
つまずくことは決して悪いことではない。
しかし条件がある。
それは、乗り越える努力をすることである。
乗り越えられて初めて挫折は財産となる。
乗り越えるとは、受験で成功することではない。
自分の挫折を素直に受け入れられる努力をすることである。
その反対が、彼が言っている「相手のあら探しやこき下ろしに力を注いでいたかもしれない。」にあたる。
自分の失敗を環境のせいにするものは、絶対に成功しない。
彼が成功した理由は、自分が足りなかったことを受け入れられたからだ。そしてそのことを彼は分かっている。
乗り越えられて初めて挫折は財産となる。
その財産とは
努力の意味を知っている。さらに叶わなかった者の悲しさ、悔しさも知っている。
ことである。
彼からの返信の中で、
「浦沢直樹さんのマスターキートンで「人間は学ぶ意志さえあれば、どこでも学ぶことが出来ます」というセリフが大好きなのだが、この一年で、「学ぶことの出来る環境が、いかに容易に手に入るものではない」かを実感した。自分は本当に恵まれた環境にあった。」
ということが書かれていた。やはりこの青年は素晴らしいと思った。
彼のお土産の件は少し悩んだ。
「その酒で君の保護者と祝杯をあげなさい。」と言おうかと思ったのだが、彼の気持ちをそのまま受け取ろうと考え直した。
そして、昨日、自宅にその酒が届いた。
中3の娘に「その人も、お父さんもよかったね。」と言われた。
娘の言うとおり、このHPのおかげで一番幸せな思いをしているのは、ぼくだと思う。
2013.3.13