2017年度 『筑波大学 その1』


天智天皇の時代の対外関係と国内の動き


次の各問について,それぞれ400字以内で解答せよ。

1 次の史料は『日本書紀』天智天皇4年の記事である。この時期の対外関係と国内の動きについて,下線部(ア)〜(ウ)の語句を用いて論述せよ。解答文中,これらの語句には下線を付せ。ただし,語句使用の順序は自由とする。

 是の月(二月)に,(ア)百済国の官位の階級を勘校す。?りて佐平(さへい)福信の功を以て,鬼室集斯に小錦下(しょうきんげ)を授く。(中略)復(また),百済の百姓男女四百余人を以て,近江国神前郡に居く。(中略)
 是の月(三月)に,神前郡の百済人に田を給ふ。
 秋八月に,達率(だちそち)答本春初を遣はして,(イ)を長門国に築かしむ。達率憶礼福留・達率四比福夫を筑紫国に遣はして,大野及び棋椽(き),二城を築かしむ。(中略)
 九月の庚午の朔にして壬辰に,(ウ)国,朝敵大夫沂州(きしゅう)司馬上柱国劉徳高等を遣はす。(中略)
 是の月(十二月)に,劉徳高等罷り帰りぬ。
 是の歳に,小錦守君大石(もりのきみおほいは)等を大唐に遣はすと云々。

 (新編日本古典文学全集4『日本書紀』Bによる。表記・訓読を一部改めた。)

(注)勘校:検討すること。 佐平・達率:百済の官位。
   小錦下・小錦:倭国の官位。  朝敵大夫沂州司馬上柱国:唐の官位。




  『詳説日本史』の抜粋で作成しました。

<野澤の解答例>
 朝鮮半島で、と新羅が結んで百済を滅ぼした。斉明天皇のもとで、倭は旧百済勢力による百済復興を支援するため大軍を派遣したが、白村江の戦いで唐・新羅連合軍に大敗した。その後、新羅は朝鮮半島を統一し、倭は半島での勢力を失った。倭では敗戦を受けて防衛政策が進められ、対馬・壱岐・筑紫に防人と烽がおかれた。また、百済から亡命してきた百姓には田を与えて生活を保護するとともに、亡命貴族には官位を与えて厚遇し、その指導下に、九州の要地を守る水城や大野・基肄城を築き、対馬から大和にかけて古代朝鮮式山城が築かれた。その後、唐から使者が遣わされると、これに応じて唐へ使節を送り、関係の修復に努めた。国内政策では、氏上を定め、豪族領有民を確認するなど豪族層の編成が進められた。中大兄皇子は都を近江大津宮に移し、翌年即位して天智天皇となり、最初の戸籍である庚午年籍を作成し、近江令を制定するなど律令体制の構築を進めた。(399字)


2020.11.12

 
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