2016年度 『筑波大学 その1』


8・9世紀と10・11世紀の租税制度の違い


次の各問について,それぞれ400字以内で解答せよ。

T 8・9世紀と10 ・ 11 世紀の租税制度の違いについて,次の(ア)〜(エ)の語句を用いて論述せよ。解答文中,これらの語句には下線を付せ。ただし,語句使用の順序は自由とする。

(ア) 官物  (イ) 郡司   (ウ) 戸籍   (エ) 負名




  『詳説日本史』の抜粋で作成しました。

<野澤の解答例>
 律令では民衆は戸籍・計帳に登録され、6歳以上の男女に口分田が支給され、租税が課せられた。また成人男性を中心に調・庸や兵役などの人頭税が課せられた。9世紀になると農民の偽籍が増え、また院宮王臣家による土地の集積もあり、戸籍・計帳に基づいて農民から徴税することは不可能になっていった。10世紀になると政府は国司の交替制度を整備し、受領に大きな権限と責任を負わせた。受領は、有力農民である田堵に田地の耕作を請け負わせ、租・調・庸や公出挙の利稲の系譜を引く官物と、雑徭に由来する臨時雑役を課すようになった。課税対象となる田地は、名という徴税単位にわけられ、名には負名と呼ばれる請負人の名がつけられて、土地を基礎に受領が負名から徴税する体制ができていった。国司は、郎党たちを強力に指揮しながら徴税を実現し、自らの収入を確保するとともに国家の財政を支えた。一方で、それまで徴税の実務を担ってきた郡司の役割は衰えた。(400字)


2020.11.14

 
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