2011年度 『筑波大学 その4』

士族の解体


【W】明治初期の士族について、次の(ア)〜(エ)の語句を用いて論述せよ。解答文中、これらの語句には下線を付せ。ただし、語句使用の順序は自由とする。

(ア)前原一誠  (イ)秩禄処分  (ウ)士族授産  (エ)徴兵令


<考え方>
 問われていることは、

ア テーマ:明治初期の士族の動向
イ 時 期:明治初期

である。

 これもまず、指示された4つの言葉から連想できるものを考えていこう。

(ア) 前原一誠→萩の乱、不平士族の反乱→最後が西南戦争
(イ) 秩禄処分→金禄公債証書、士族が経済的特権を失う、士族の商法→失敗、士族経済的困窮→士族授産へ
(ウ) 士族授産→屯田兵制度
(エ) 徴兵令→国民皆兵、徴兵告諭→血税一揆、士族が身分的特権(軍事独占)を失う

  何となく見えてくるような気がしますね。

 徴兵令や秩禄処分によって士族が特権を失っていく。これに対して政府は士族授産の策を講じたが、成果があがらなかった。一方、政府の要職は薩長など藩閥に独占されていたため、政府に不満を持つ士族が前原一誠の萩の乱などの反乱を起こした。その最大のものが西南戦争だが、徴兵軍に鎮圧され、士族反乱はおさまり自由民権運動が本格化していった。

 つまり、士族が特権を失っていった過程、それに対する政府の対策、その政府に対する不平士族の反乱の3本立て書けばよいのだと判断できる。

 山川の『詳説 日本史』でいうと、P.240〜242及びP.245のL.14〜L.16、そしてP.251のL.13〜P.252までを400字でまとめればよい。

 
<野澤の解答例>
明治維新の改革の中で、士族は特権を失っていった。全人民に苗字が許され職業選択の自由が認められた上、徴兵令によって国民皆兵が原則の統一的な兵制がたてられ、軍事職の独占が廃止されるとともに、廃刀令によって身分的特権を失った。また秩禄処分によって秩禄の支給が止められ、経済的特権を失った。代わりに金禄公債証書を受け取ったが、少禄の者は生活に困り、事業にも失敗して没落する者も多かった。政府は北海道開拓の屯田兵制度を設けるなど士族授産を講じたが、成功した例は少なかった。その一方で政府は薩長など藩閥に独占されており、士族の中には新政府樹立に功を上げながらも、急激な改革の中で旧来の特権を失っていく不満から、反政府暴動を起こす者もあった。前参議前原一誠の萩の乱から西郷隆盛の西南戦争まで、不平士族の反乱があいついで起こったが、いずれも政府によって鎮圧され、士族による政府批判は自由民権運動に中心を移していった。 (400字)

2010.4.21

 
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