2014年度 『東京大学 その3』

長州征討と諸藩への影響
  

【3】次の(1)~(4)の文章を読んで、下記の設問A・Bに答えなさい。

(1) 1864年、禁門の変で敗れた長州藩を朝敵として追討することが決まると、幕府は征討軍の編成に着手し、従軍する諸大名・旗本に対して、定めの通り、各自の知行高に応じた数の人馬や兵器を用意することを命じた。
(2) 幕府や諸藩は、武器・弾薬や兵糧などを運搬するため、領内の村々に、村高に応じた数の人夫を出すことを命じた。こうした人夫の徴発は村々の負担となった。
(3) 幕府や諸藩は、長州征討に派遣する軍勢のため、大量の兵糧米を集めた。さらに、商人による米の買い占めなどもあって、米価が高騰した。
(4) 長州藩は、いったん屈伏したが、藩論を転換して再び幕府に抵抗した。このため幕府は、1865年、長州藩を再度征討することに決定した。しかし、長州藩と結んだ薩摩藩が幕府の命令に従わなかっただけでなく、他の藩の多く
も出兵には消極的となっていた。

設問
A 長州征討に際し、どのような人々が、どのように動員されたのか。2行以内で述べなさい。
B 再度の長州征討に際し、多くの藩が出兵に消極的となった理由としてどのようなことが考えられるか。諸藩と民衆の関係に注目して、3行以内で述べなさい。

<考え方>
Aについて
求められているのは、
(1) 長州征討に際して動員されたのはどのような人々であったかを書く
(2) その人たちがどのように動員されたのかを書く
(3) 60字で書く

ことである。
これに対応する資料は(1)と(2)と考えられる。

(1)には、「
諸大名・旗本に対して、定めの通り、各自の知行高に応じた数の人馬や兵器を用意することを命じた。」とある。
 ここでいう「定めの通り」とは、
統一した石高に応じた軍役負担のことである。これは教科書に「統一した軍役を全大名に賦課し、(略)大名は石高に応じて一定数の兵馬を常備し、戦時には将軍の命令で出陣し、平時には江戸城などの修築や河川の工事などの普請役を負担した。」(山川『詳説日本史』P.161)とあるとおり。

 この戦時の軍役負担は、
鎌倉時代以来の封建的主従関係の御恩に対する奉公であることはいうまでもない。ただし、資料にある「知行高」とは江戸時代であるので「石高」である。それが分かっていることが採点者に伝わる答案を書きたい。
 また、資料中に「
馬や兵器を用意」とあるとおり、大名・旗本だけではなく、その家臣団も動員されている。

→大名・旗本が封建的主従関係のもと奉公として、知行として与えられた石高に応じて家臣団を率いて出陣した・・・ア

(2)には、「武器・弾薬や兵糧などを運搬するため、領内の村々に、
村高に応じた数の人夫を出すことを命じた。こうした人夫の徴発は村々の負担となった。」とある。
 この「武器・弾薬や兵糧などを運搬する」人夫を陣夫といい、近世に入ると検地で定められた石高に応じて百姓から陣夫を動員する制度ができていたが、陣夫は教科書にはない語句なので受験生は使えなくてよい。

→百姓が村高に応じて人夫として動員された・・・イ
 
 このアとイを60字にまとめればよい。 


Bについて
求められているのは、
(1) 再度の長州征討に際し、多くの藩が出兵に消極的となった理由を書く
(2) 諸藩と民衆の関係に注目して書く
(3) 90字で書く

ことである。 

 注意しなくてはならないことは、「
諸藩と民衆の関係」に注目して書けといわれていることである。
 つまり、薩長同盟が結ばれていて、これはヤバそうだと判断したとか、藩財政が逼迫していて倒産寸前だったから出兵したくても金がなかったとかいう
政治情勢や藩の財政事情を書くのではないということである。

 まず、Aでも使われた資料(2)から、
百姓にとって人夫を徴発されることが負担の増加になることは言うまでもない。

 次に(3)の「長州征討に派遣する軍勢のため、
大量の兵糧米を集めた。さらに、商人による米の買い占めなどもあって、米価が高騰した。」から、再度出兵に応じれば、同じことが起こることが当然予想される。

 ここから単純に発想しても、「
百姓の負担の増加→百姓一揆、米価の高騰→打ちこわし」という図式が見えてくる。これを後押ししてくれる教科書の記述が、

「開国にともなう物価上昇や政局をめぐる抗争は、
社会不安を増大させ世相を険悪にした。国学の尊王思想は農村にも広まり、農民の一揆でも世直しがさけばれ(世直し一揆)、長州征討の最中に大坂や江戸でおこった打ちこわしには、政治権力への不信がはっきりと示されていた。(略)この「世直し」を期待した民衆運動は幕府の支配秩序を一時混乱におとし入れた。」(山川『詳説日本史』P.234~235)である。

 ここから、
ア 百姓に再度の夫役を課すことはさらに負担を増大させることになり、百姓一揆が起こることが懸念される
イ 再度の出兵により、再び兵粮米を集めたり、商人による米の買い占めが行われて米価が高騰すれば、打ちこわしが起こることが懸念される
ウ アとイは、社会不安を増大させ、藩の政治への不信をつのらせ、支配秩序を混乱させる恐れがあったため

という内容を導くことが出来る。

 さて、残る資料は(4)である。いつも言っていることだが、東大が与える資料には過不足がない。この(4)にも必ず意味がある。
 と思ったのだが、何度見ても(4)には藩と民衆の関係は記されていない。正直「??」である。

 ぼくとしては、これは「長州藩と結んだ薩摩藩が幕府の命令に従わなかっただけでなく、他の藩の多くも出兵には消極的となっていた。」の部分に意味があるのだと考えることにした。
 つまり、最初に記したように「薩長同盟が結ばれていて、これはヤバそうだと判断したとかいう政治情勢や藩の財政事情を書くのではない」のですよと、受験生に確認させるために置かれたのだと判断した。
 以上からア~ウを90字にまとめた。


<野澤の解答例>
A大名・旗本が主従関係による奉公として、知行の石高に応じて家臣団を率いて出陣し、百姓が村高に応じて人夫として動員された。(60字)
B再度、百姓に夫役を課して負担を増大させ、兵粮米の徴発や商人による買い占めで米価が高騰すれば、百姓一揆や打ちこわしが起こり、社会不安が増し、藩の支配秩序が混乱する恐れがあったため。
(90字)


 なお、ぼくの自宅は愛媛県松山市にあるのだが、松山に残る『米山日記』という史料には、第一次長州征討に関する四国諸藩の出陣準備状況について次のような内容がある。

「長州一事、当方様御近国ニて御支度出来候はかり、讃州 、宇和島なと未御支度出来不申 、土州は御使者参り、御隣国の事ニ付、出勢、留主もし変事有之は、御加勢ニ預度旨、御当方様より御懸合の処、百姓 丁人とも長州へ加勢致なと申騒くニ付、当時取り鎮居候処、自国さへ右条ニ付、中々御加勢なと存もより不申トやらの答の由也、阿州も何様自国の固さへ出来さるに付、長州へ強て行へシト有之は、支度を致へくとやらの由、何様、今治、松山へ差しつき支度出来可申哉、遠近より間者逐々かへり候処、いつれも/\御支度出来候処は一所も当時迄無之、」

 つまり
「第一次長州征討について、松山藩主が近隣の藩に支度の具合を尋ねたところ、高松藩(讃州)、宇和島藩は未だに支度が出来ていないと言ってきた。土佐藩(土州)からは使者が来て、(松山藩から)もし松山藩が出兵している間に(松山藩内に)異変が起こったら、土佐は隣の国なので助けて欲しいとの申し入れがあったが、土佐では百姓や町人が長州に加勢しようなどと騒いでいて、今はそれを鎮めている状態であり、松山藩に何かあってもとても助けに行くことなどできないと答えてきた。徳島藩(阿州)もなんせ自国の固めもできていないのに、長州藩へ強いて出陣するということになれば支度をしなければならないなぁ、と言う有様である。なんで今治に松山に匹敵するような支度ができていようか。他藩へ放っていた間者が次々に帰ってきて言うことには、どこもかしこも、出陣の支度が出来ている藩は(松山藩以外に)一つもない。」

 何が面白いと言っても、やはり土佐でしょう。

何!? 幕府が長州を攻める! よし、長州に味方しよう!!

 隣の県のことを言って申し訳ないが、この民衆のノリがいかにも高知!


<参考>
代々木ゼミナール
A 出兵を命じられた大名や旗本が幕府の軍役規定に従って家臣を兵力として動員し、また、領内から農民を陣夫役として徴発した。
B 軍役での財政負担が諸藩の財政を圧迫したほか、農民の動員や徴用は労働力不足や農村負担を重くし、また戦争によって米価などが暴騰して各地で百姓一揆や打ちこわしが続発した事による。

河合塾
A大名や旗本は幕府により知行高に応じた軍役を賦課され。そのもとで農民は村高を単位に物資運搬の人夫として動員された。
B領主へ兵糧米供出による米不足や商人による米の買い占めから米価が高騰した。その結緊、生活が困窮した民衆による世直しを掲げた百姓一揆・打ちこわしが頻発し、諸藩の支配が同様していた。


駿台予備校
A諸大名は大名知行制、旗本は地方知行制・俸禄制に基づき、知行高を基準に動員され、百娃は村高を基準に人夫として徴発された。
B第二次長州征討を見込んだ米の買占め、凶作、輸出急増、貨幣改鋳を要因とする物価騰貴は、大坂・江戸での打ちこわし、農村での世直しー揆の高揚を招き、幕藩領主の民衆支配を動揺させていた。


 Aについてはぼくがポイントと考える「
石高」を使っているものは一つもない。村高もないものもある。Bは、「藩と民衆の関係であり、政治情勢や藩財政を書くのではない」とぼくは解説したが、藩財政や輸出急増、貨幣改鋳など、ぼくの考えとは違う視点のものもある。
 
 
2014.9.20


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