2006年度 『大阪大学 その3』  
   
【3】 近世における国学思想の展開およびその明治維新への影響について述べなさい。(150字程度)

<考え方>
 書くべきポイントを整理する。
@近世における国学思想が主題である。
A展開およびその明治維新への影響について書く。
B150字程度で書く。(
150字を越えても構わない!


→国学というとまず思い付くのが四大人と塙保己一であろう。
(『近世編10 化政文化』参照)150字なのでこれで十分答案を作成できる。ポイントは、展開および明治維新への影響というところだと思う。すなわち通史編でも述べたが、

ア.国学者たちは復古主義の立場から尊王論を唱えたのであって、幕府政治を否定するものではなかった。
イ.事実、塙保己一の和学講談所は幕府の援助を受けている。
ウ.しかし、平田篤胤の復古神道は、地方へ広がっていき、幕末の尊王攘夷論にも影響を与え、現実の政治運動と結びついていった。
という流れであろう。近世といっても江戸時代前期の話ではないので、18世紀になってからだという大まかな時期は記したい。その上で、
エ.荷田春満や賀茂真淵が、日本古代の思想を追求し、洋学のみならず儒教・仏教も外来思想として排した。
オ.本居宣長が、国学を思想的にも高めて「古事記伝」を著し、国学を大成した。
カ.宣長の影響を受けた平田篤胤がひらいた復古神道が、幕末の尊王攘夷運動と結びつくようになった。

でいける。ただし150字程度なので、今まで以上に削る部分を考えなければならない。

<野澤の解答例>
 18世紀半、賀茂真淵らは日本古代の思想を追求し、儒教・仏教も外来思想として排し国学を興した。本居宣長はこれを思想的に高めて古事記伝を著し国学を大成した。彼らの思想は幕府政治を否定するものではなく、塙保己一の和学講談所も幕府の援助を受けたが、平田篤胤の復古神道は地方へも広がり、幕末の尊王攘夷運動に影響を与えた。(153字)

参考:駿台予備校の模範解答
 18世紀半ば以後、賀茂真淵らが儒教・仏教などの外来思想を排して日本独自の古道を追求する国学を興した。続いて出た本居宣長が古事記伝を著して国学を大成し、また塙保己一などは古典や諸史料の収集・考証に功績を残した。19世紀前半には平田篤胤が復古神道を唱え、各地に受容されて幕末の尊王攘夷運動や明治初期の神道国教化政策へつながった。(160字)
 
正直言って、ぼくはもう一つすごく迷った解答案がある。それは
「〜。彼らの思想は幕府政治を否定するものではなかったが、平田篤胤の復古神道は地方へも広がり、幕末の尊王攘夷運動や明治初期の神道国教化の動きに影響を与えた。(150字)

というものである。こうなると駿台の解答とほとんど同じになる。設問は明治維新への影響であり、国学が影響を与えた明治維新の政策を記すほうがよりふさわしいとぼくにも思えた。
 しかし、明治維新の神道国教化の動きと国学との関係は教科書には記されていない。確かに
平田派国学者の矢野玄道や福羽美静が政府の祭政一致を徹底させ、神道国教化を求めたのであるが、これを答えさせるのであれば、阪大は教科書を逸脱した出題をしたことになる。
 このことから、
国学者たちは復古主義の立場から尊王論を唱えたのであって、幕府政治を否定するものではなかったが、幕末の動乱の中で尊王攘夷運動と結び付いていった」ことを重視する解答にした。

2006.9.24

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