2012年度大学入試センター試験『日本史A』問題解説

日本史A

第1問
問1.Aが正解。猫問。アは1871年、「もとの藩主がいなくなったあと」という言葉から廃藩置県だとわかる。イは「イとされたが武士と同じ立場にあると主張」「江戸時代の農民や町人が、明治時代にはイとされた」のだから平民である。
問2.Bが正解。Uの内国産業博覧会は西南戦争中の1877年。盟友西郷隆盛が戦っているときに、「西郷は九州から出られない。」といって東京で博覧会を実施し、成功させたことも大久保利通が嫌いな人には、嫌いな理由の一つなんだろうなぁ。ぼくは流石大久保だと思うけど。Tは日露戦争講和条約締結反対の日比谷焼打ち事件で1905年。Vは1919年の三・一独立運動(第一次世界大戦後の民族自決の風潮)だと分からなくても、韓国が日本から独立しようとした訳だから、少なくとも韓国併合の1910年より後だと判断できる。
問3.Cが正解。開拓使官有物払い下げ事件の時の開拓使長官が黒田清隆なのは常識。Aのアイヌ文化振興法や北海道旧土人保護法を知らなくても、明らかにCが答えだと分かる。猫。

第2問
問1.Bが正解。アは「天保の飢饉後」、「流通の仕組みを変えることによって物価の引下げを試みたが、大きな成果をみなかった。」で、水野忠邦の天保の改革だと分かる。イの「万延小判の鋳造は金の海外流出を防ぐため」は、貨幣史のお約束。(新井白石の長崎新令は金銀の海外流出と防ぐため
問2.@が正解。アの奇兵隊=高杉晋作は猫でもできる。イの「偽官軍として処刑された」のが相楽総三なのは難問のように見えるが、ダミーのdが榎本武揚なので、結果的に猫。榎本武揚は幕臣で五稜郭の立て籠もったのだから、偽官軍として処刑されたはずがない。しかも榎本は明治政府で樺太・千島交換条約を締結したり、外務大臣にまでなっている。(エピソード「榎本武揚と黒田清隆」
問3.Aが正解。@の五品江戸廻送令は1860年。Aの1865年から1866年。Bの日米和親条約は1854年。Cの「ええじゃないか」は本当に幕末の1867年。これは難しいと思いますか?グラフを見てください。@小売り価格が2分の1になったのは、1837年の白米しかない。五品江戸廻送令が開国して貿易が始まった後だと分かっていれば、天保年間はない。Bは日米和親条約が何年だったか自信がなくても、和親条約は通商条約ではない(貿易していない)のだから、生活必需品の海外流出(品不足→値上がり)に関係ない。そもそもグラフをよく見たら、水油と白米が急騰した年はずれている。Cは「ええじゃないか」が幕末だと分かればありえない。よって、消去法でもAとなる。
問4.Cが正解。ウについて。電信も人力車も「べんりすぎる」。でも、駕籠(乗り物)との比較なので、電信はないでしょう。エも同じ。行灯は街灯と注に書いてあるのだから、煉瓦造を明かりだと思った人以外はできたはず。超猫問でしたね。
問5.Dが正解。V安政の大獄があって、その報復で井伊直弼が暗殺された。→安藤信正による公武合体運動も失敗。→島津久光の文久の改革→T長州藩と尊攘派公卿が京都を制圧して、下関海峡を通過する外国船を砲撃した。しかし開国派に転じた薩摩に八月十八日の政変で京都から放り出されて→京都に攻め上った(禁門の変)が、返り討ちにあった。→第一次長州征討と四国艦隊下関砲撃事件で長州恭順。→しかし一向に約束を守らない長州に対して、第二次長州征伐決定。しかしV薩長連合を結んだ長州が幕府軍に勝利
問6.Aが正解。超サービス問題。表の読み取りのみ。「よぼうがかんじん コレラ伝染病」と明記されている。@は「かいかのたから 金銀貨幣」、Bは「じんちをひらく 日々発行の新聞」、Cは「べんりじざい 郵便配達」とそれぞれ書かれているので×。

第3問  日本史Bの第5問と同じ。

第4問
問1.@が正解。アの日米修好通商条約で開かれた5つの港(神奈川→実際は横浜・長崎・兵(この開港が遅れたことが改税約書調印の原因となった。)・新潟箱館)は基本。イの慶應義塾=福澤諭吉(東京専門学校(のち早稲田)=大隈重信)は常識でしょう。
問2.Aが正解。サービス問題。「横浜港・長崎港ともに、生糸が輸出額の第1位であった。」とあるが、長崎港の輸出額第1位は茶である。それだけ。子猫でもできる。
問3.Bが正解。これまたサービス問題。@の工部美術学校は西洋美術の指導のため。Aの岡倉天心は師匠のフェノロサとともに日本美術の再評価と発信を行ったのだから、この文章は論外。Cの黒田清輝が1970年の大坂万国博覧会の開催に尽力していたら、その時彼は104歳だった。
問4.Aが正解。これは少し考えたか。Tの三井銀行設立が何年かは誰も考えたことがなかったと思う。しかし試験場の受験生の立場だと、次のように考えて答えを導きだすのだろう。
Tは「政商」と言われてまず思いつくのは、開拓使官有物払下げ事件の時の五代友厚。また、銀行というと渋沢栄一の第一国立銀行。ということは、明治初期かなぁ。それとも日露戦争後の産業について「三井・三菱などの財閥は、金融・貿易・運輸・鉱山業などを中心に多角的経営をくり広げ、株式所有を通じてさまざまな分野の多数の企業を支配するコンツェルン(企業連携)形態を整えはじめた。(山川『詳説日本史』P280〜281)とあったから、遅くとも日露戦争後には三井銀行はあったはず。分からないけど、Tはとりあえず明治時代としておこう。
Uは三池炭鉱の大争議?高島炭鉱事件なら明治の労働運動で聞いたことがあるけど・・・。そのころかなぁ。でも炭鉱の閉山があいついだとある。炭鉱が閉山になるのは石油へのエネルギー革命の結果だろう。だからUは戦後かな
Vは分かるぞ。鈴木商店が急成長したのは第一次世界大戦の時。その後、戦後恐慌で倒産するんだ。
ということは、T明治時代→V第一次世界大戦→U戦後かな。
 これで正解である。ちなみに三井銀行は1876年(明治9年)に開業した。
問5.Cが正解。Xは猫。日英同盟を組んでいたのに、日本がイギリスを攻撃するはずがない。相手は当然ドイツである。Yは桂・タフト協定はアメリカとの間で、日本はアメリカのフィリピン統治を認めるかわりに、アメリカは日本の朝鮮権益を認めたものである。

第5問 「日本史B」の第6問と同じ。

第6問
問1.@が正解。これは知らなければできません。
問2.Aが正解。これも知らなければできません。Yの有島武郎ら人道主義の文学は白樺派です。
問3.Cが正解。これは猫。aの文章は二・二六事件に関する記述。cの幸徳秋水が死刑となったのは大逆事件です。
問4.Aが正解。考えたら消去法で分かる。@の「臥薪嘗胆」は三国干渉を受けてのスローガン。Bは1925年の普通選挙法。Cはごいごいに検閲したのは常識。Aしか残らない。
問5.Aが正解。翼賛選挙という文字がはっきり見えるから確信できる。@は東京裁判。Bは北清事変(義和団の乱)。Cは張作霖氏遭難という文字がはっきり見える。
問6.Bが正解。猫。Xの国定教科書制度は1903年。これは頻出事項。Yは以前、労働力として都市部の小学生を疎開させた(×→空襲を避けるためが○)という出題があったね。
問7.Bが正解。考えたら分かる。aはGHQが天皇制の廃止を求めたことはない。求めていれば今、天皇制はなくなっている。dの国際連合加盟はソ連との国交が回復した鳩山一郎内閣の時。
問8.Eが正解。基本。Tの学生紛争は安保闘争から来ているので、1970年前後。Uは以前も出題された鳩山一郎内閣の1956年。Vは学校教育法で1947年。

2012.1.20

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