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2022年9月23日実施第6期第3講 |
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今回は、小学生の参加もありました。 |
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最初に映画「天地明察」のPVを見てもらいました。 |
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「天地明察」は貞享暦を作成する安井算哲の物語です。 |
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映画の中にあったこのセリフの意味は何か? |
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実際の暦の編集・発行業務の実権は天文方に移りました。 |
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それでも、国民に暦を与えるのは天皇でした。 |
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補佐となった西川正休は、『天経或問』に注釈を付けた人でしたが、天文家ではありませんでした。 |
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左の肖像画を出して、「これ誰か分かりますか?」を問うて、小学生が即座に「伊能忠敬」と答えたことに驚きました。 |
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伊能忠敬の墓は、遺言で高橋至時の側(隣)にたてられました。 |
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流れをまとめるとこうなります |
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この近代化の端緒となったのは、徳川吉宗による「漢訳洋書輸入の禁の緩和」でした |
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蕃書調所は、ただの翻訳所ではありませんでした。教員の一人が後の大村益次郎です。 |
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吉宗の事績のなかで、一番、日本に影響を与えたものは、その合理的な考えにもとづいて、西洋の知識・技術を導入しようとしたことだと、ぼくは思います。 |
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