頂いた質問から(19)
『室町時代の私鋳銭は偽金ではない!』
神奈川県に住む高校2年生の男子生徒から、次のような質問を受け取った。
私鋳銭は一体誰(日本人)が、誰からの保証を受けて鋳造したのでしょうか。
鋳造した人は鋳造した分だけ儲かるのでしょうか。そもそも、なぜ幕府はこれを偽金として取り締まらなかったのでしょうか。
いくら貨幣不足とはいえ、どこの誰が作ったかも分からない不可解な私鋳銭が流通しているのが不思議でなりません。
あと、私鋳銭工房や鋳型などは見つかっているのでしょうか。どうやって、あれだけ多くの私鋳銭を流通させられたのでしょうか。
「あ~、なるほどな~」と思った。
同じような疑問をもっている受験生は、結構多いのではないかと考え、質問者に返信した内容を紹介することにした。
まず、私鋳銭は偽金ではありません。
偽金というのは、公権力がつくった公式な貨幣が存在し、それ以外の使用が禁止されていて初めて偽金になります。
例えば、古代の和同開珎は公権力が鋳造した正式な銭貨であり、公式な銭貨以外は銭として認められませんでした。
そのため和同開珎のコピーは偽金となり、取締りの対象となりました。実際、偽金作りは捕まっています。もっともその技術が優れていたため、政府の工房で働くことになった偽金づくりもいたというオチもついていますが。
それに対して、室町時代は公権力が貨幣をつくっていません。
貨幣をつくるには、最低でも
1 銭の素材となる銅などの貴金属を入手できること
2 それを銭に鋳造できる技術があること
の二つの条件を満たしていなければなりません。
江戸幕府は権力が強く、主要な鉱山を直轄にしていたため公式な通貨を発行できました。
しかし、室町幕府は権力が弱く、主要鉱山を直轄できませんでした。それなのに鎌倉時代を通じて産業・経済は古代とは比べものにならないほど発達し、貨幣経済の社会となりました。そのため大量の銭が必要となりました。
そこで銭貨として用いられたのが、
1 古銭(古代律令国家が鋳造したもの)
2 輸入銭(宋銭、明銭)
3 私鋳銭(国内の工房で鋳造された銭)
の3種類でした。
2の輸入銭も、朝廷が発行した古銭ではないので、鎌倉時代には私鋳銭として禁止されたこともありました。輸入銭も国内で鋳造された私鋳銭も、日本の公権力がつくった銭貨でないことでは同じだったのです。
私鋳銭を鋳造できるのは、それなりの財力と技術を持ったものに限られます。これらは、いずれも正当な通貨なのです。
「私鋳銭工房や鋳型などは見つかっているのでしょうか」との質問については、鎌倉、堺、博多などで私鋳銭の工房跡が発掘されています。
私鋳銭が偽金ではないという例として一番分かりやすいのは、鹿児島の加治木銭だと思います。
16世紀後半に大隅国加治木(現鹿児島県姶良市)で鋳造された宋銭、明銭のコピー商品です。
コピーなのですが、背面に加・治・木の文字の一つ(多くは「治」の文字)が刻まれています。つまり、「これは鹿児島の加治木でつくられた銭(コピー商品)ですよと公言して、クレジットを付けている」のです。
加治木銭の洪武通宝。背面に「治」という「クレジット」が刻まれている
島津義久、義弘兄弟の天正~慶長年間(1573~1614年)に多量に鋳造され、貿易銭として琉球・台湾・東南アジアに輸出されました。
その後、寛永13(1636)年に徳川幕府が銭座を設けて寛永通宝を鋳造して、私鋳銭を禁止したことにより、島津は加治木銭の鋳造及び流通を中止しました。
つまり、島津氏にとっては、加治木銭は「流通の媒介となるgoods」という商品であったことが分かります。
しかし江戸幕府が、自前で通貨を発行し、「流通の媒介となるgoods=通貨」は幕府の専売として、それ以外の銭の鋳造を禁止したことを受けて、「加治木銭というgoods」の製作を中止したのです。公権力から禁止されて初めて、私鋳銭は偽金となるのです。
室町時代には、明の永楽通宝が大量に輸入されたことは御存じの通りですが、実は、中国においては明銭は、それまでの中国銭に比べて評価が低く、撰銭の対象とされたようです。そのため、「永楽通宝は、中国内で流通させるためではなく、日本向けの輸出商品として鋳造された」との考えもあります。くどいようですが、日本向けの輸出用商品とは、日本の流通を媒介するgoodsとして輸出したということです。
室町時代は、経済の急速な発展により、大量の銭が必要でした。しかし、古銭は限られています。それを補う役割を果たす私鋳銭は、正当な通貨として用いられたのです。
例えとしては極端かもしれませんが、一時期(今も?)話題になったビットコインなどの仮想通貨をイメージすると分かりやすいかもしれません。
ビットコインは、政府が発行した正式な通貨ではありません。
しかし、取引の媒体として用いられています。
商取引上で、混乱を起こさずに有効に機能している限りにおいて、日本政府は介入しませんでした。
しかし、商取引に支障をきたす事態が起こった場合は介入しました。
この介入が「撰銭令」だと考えてください。
撰銭令とは、使用のルールを権力側が決めることです。
ビットコインの場合は、取引所に規制を加えました。しかし、使用そのものは、2018年11月末現在でも禁止されていません。
ただ、良質な中国銭や古銭に比べて、私鋳銭はどうしても質が落ちます。そのため貯蓄するのなら良銭を選ぶのは人情です。京都七条から出土した、貯蓄用だったと考えられる大量の銭が、皆良銭であったのは、そのことを物語っています。
このやりとりが、受験生の理解を助けるうえで、少しでも役に立てば幸いである。
2018.11.27
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