コラム 教科書を買い換える必要はない!その2 

『江戸時代の三貨』

 現在出版されている主な「日本史B」の教科書は、山川、桐原、三省堂、実教、東書(東京書籍)の5社のものだと思う。
 これらのものを読み比べてみると、記載されている項目に差があることは当然だが、同じことを扱っていながら内容が異なるものがある。

 例えば豊臣秀吉の「身分統制令」と「人掃令」については以前述べた(発展『身分統制令と人掃令』参照)が、それ以外にもやっかいなものがいくつもある。その一つが「江戸時代の三貨」についての各社の記述である。

 ぼくはこのHPで、

 金・銀・銭の交換レートは17世紀のはじめ(1609年)に幕府が、金1両=銀50匁=銭4貫文としたが、「天下の台所」とよばれ江戸へ物資を送り込む大坂の方が、当然経済力が強く、現実には大坂の本両替の代表(十人両替)が、毎日交換レートを決める変動相場制であった。

と記した。
 しかし、現在の山川出版社の『詳説日本史 B』には190ページの脚注に

 銀ははじめ秤量貨幣で、取引のつど目方をはかり、品位が鑑定された。換算率はのち金1両が銀60匁と定められたが、実際にはその時の相場に従った。

とあり、ぼくの記述と矛盾する。桐原書店の『新日本史B』でも214ページ(本文)に

 三貨の換算率は、金1両=銀60匁=銭4貫(1貫=1,000文)と公定されていたが、実際には換算率が変動したので・・・

とあり、何だかぼくの記述が間違っているように思えてくる。しかも桐原の教科書はこの換算率が1609年のものだと記している。

 しかし、実教の『日本史B』では199ページの本文中に

 三貨は金1両=銀50匁(のち60匁)=銭4貫文というように、交換の基準相場が定められていたが、実際には相場がたえず変動した。

とあり、これならぼくのHPの記述に近い。そして三省堂の『日本史B』には172ページの注として

 金1両=銀50匁=銭4貫文 1609(慶長14)年の換算率。1700(元禄13)年、金1両=銀60匁=銭4貫に改定されたが、実際には相場により変動した。  

 さらに東京書籍の『日本史B』では199ページの本文中に

 金・銀・銭の三貨は、金1両=銀50匁(1700年以降は60匁)=銭4貫と公定されたが、換算率が変動したので都市には両替商が成立した。

と記されている。つまり

 
三貨の交換比率は、1609年に金1両=銀50匁=銭4貫(文)と公定され、1700年には金1両=銀60匁に改められたが、実際には金銀は変動相場制であった。

というのが正しい。

 しかし金1両=銀60匁という交換レートが存在したことも事実であり、山川の記述が誤っているとは言い難い。ただ不正確なだけである。
(桐原の1609年、金1両=銀60匁の記述については、残念ながら誤っている。)

 生徒は学校で指定された教科書1冊を読み込むことが大切で、複数の教科書を読み比べる必要も時間もない。今回の「江戸時代の三貨」の記述1つをとっても山川の教科書が一番優れているわけではないことが分かる。
 受験業界には「山川の教科書を使っていない学校の生徒はかわいそうだ」と言う予備校の講師がいるように、「山川神話」なるものがあり、これがいかに誤った認識であるかは、以前にも述べた。頂いた質問から(3)『教科書を買い換える必要はない!』参照)
 受験生の皆さんへ再度言う。

 
今、あなたが学校で使っている教科書をしっかりと読みなさい。教科書を買い換える必要は全くない。

2008.4.23

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