『ロバを鍛えてダービーに出す-進路指導のスローガン-

 
  今年度の大学受験シーズンも、もうすぐ終了しようとしている。この時期から5月ぐらいにかけて、思いがけないうれしいメールを受け取ることがある。ぼくのつたないHPを見てくれた人からの大学合格を知らせてくれるお便りである。
 
とくに近現代編は現役生で時間のなかった私には重宝し、全部プリントアウトして電車の中で熟読したり、またエピソード編もとても面白くて本当に勉強になりました。

日本史は毎年短めの論述問題があるのですが、今年の問題は、犬養毅内閣の下での、高橋是清の財政政策と経済効果について、「円輸出再禁止→円為替下落」と「赤字国債→軍事費を増大→重化学工業発展」の二つのラインを論じよ、というものでした。まさに野澤先生の「近代編後期8」の部分がズバリと出題されたわけです。無論二つとも楽勝! 一問一答集などは簡単な知識の確認には最適ですが、このような論述問題は、野澤先生ノートのように「筋道」をつけて覚え、そして「考える」ことが重要なのだな、とイマサラのように思いました。

などの便りは、ぼくのHPが役に立ったことはもちろんながら、努力した生徒が報われるという単純かつ在るべき姿が実現されたことにうれしくなる。
(ちなみに、これらの便りをくれたTさんとN君、実は君たちは学部の違いはあるけど、同じ大学の先輩・後輩になっています。N君が1学年上。都電荒川線かJR山手線で同じ車両に乗ったこともあるかも知れないね。)

 その一方で時々いただくのが、日本史の勉強法についての質問である。

 努力しているつもりなのですが、思うように点がでません。何か効率のよい学習方法があるのでしょうか。

という内容のものが多い。

  ユークリッドの「学問に王道なし」(もとは幾何学に王道なし)を引き合いにだすまでもなく、効率のよい学習方法などというものはない。「アブラムシのように這いつくばって勉強する」しかない。その例を一つ挙げておく。

 かつて担任した生徒にY.T君がいた。彼は入学したその日から卒業する日まで3年間学級委員長、2期連続委員長会議の議長、運動会ではグループ長、ハンドボール部キャプテンで県代表選手候補だった。その一方で哲学科志望の彼は、昼休みにはベランダでウォークマンで「コーラン」を聞いているようなおもしろい奴だった。

 しかし、3年の夏までハンドボールにかけていたため授業中は「空気椅子」(知ってる?椅子に座っているフリをして実はスクワットをしている)、制服のポケットにはハンドグリップ(握力を鍛えるヤツ)を入れてニギニギしていた。

 3年生7月の三者懇談で、彼は母親と一緒に席に着くと同時に、ぼくにこう言われた。

浪人せい。

隣で母親は固まっていました。」とは本人の弁である。そしてやはりセンターテストでは思うような点が取れず、妥協しない彼は、浪人を決意する。凄いのはここからである。

 1月末に浪人を決心して自分で大阪の予備校に申し込んだ。予備校からは英語の単語帳が一冊送られてきた。3月末の予備校入学式の翌日、この単語帳の単語のみでテストをして、英語のクラス分けをするという。英語ができないことは自分でもよく分かっていた。ぼくは自分の部屋から机と椅子とスタンド以外の家具は全て運び出した。窓は雨戸を下ろしてカーテンを閉めた。部屋の中は昼間でも真っ暗である。スタンドをつけると、見えるのはその単語帳とノートと自分の手だけになった。ベッドもないから休むこともできない。その部屋の中で、まぁ、朝飯と晩飯と風呂とトイレ以外は全てやったから、1日約16〜17時間はやった。その結果、上のクラスに入ることができた。

この話は、1浪後無事に志望校へ合格した彼が、夏休みにぼくのクラスで語った話である。驚く現役3年生の生徒たちに向かって彼はこう言った。

ここまでやれるものならやってみろ、と言うつもりはありません。やればできるのですから。

ぼくには学習指導をしていて、生徒が口にする嫌いな言葉がある。

「私、頭が悪いからダメです。」

という言葉である。

甘ったれるな!と言いたい。

この言葉を先生の前で言えるだけで、あなたは能力的に恵まれているのだ。なぜなら健常者として普通の能力はあるのだから。

ならば大切なのは歯を食いしばってがんばろうという気持ち、競馬にたとえれば必死で走ろう、競おうという意欲だ。

今、このHPを見ている人の中は、これから勉強を頑張ろうとしている人、落ち込んで自信を失っている人など様々であろう。

もちろん世の中には天才と呼ばれる人たちがいて、実際「数学の教科書は寝ころんで眺めて分からないと思ったことはない。」なんて人も知っている。さしずめサラブレッドといったところだろう。うらやましいとは思う。

 しかし、

仮にあなたが才能に恵まれないロバだったとしても、鍛えられたロバは、怠けているウマより速く走れる

「ロバを鍛えてダービーに出す」

これがぼくの進路指導のスローガンである。

 2006.3.21

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