頂いた質問から(2)
『国風文化と女流文学』

 先日、高校1年生(女子)の方から、次のような質問を受けました。皆さんにも参考になれば幸いです。

 それにしても・・・、東北から九州まで、書き言葉ってみんな標準語だよね。妙なことで感心してしまった。
 でも、方言は素敵な文化ですから、大切にしてください

 それでは、

<頂いた質問>

 国風文化のことなのですが、女流作家が多く生まれた背景のことで……。
 女流作家が生まれたのは、藤原氏との関係を保つために勉学をさせたのだ、と先生の HPにもありましたが、仮名文字が生まれたのはそれと何か関係があるのでしょうか?
 仮名文字って、もともと、男は漢字を使うものというものがあって、女が漢字を覚える ことはなかったから生まれたのですよね?
 それから、国風文化が生まれたのは、日本が遣唐使を廃止したためですよね?
  その頃の時代背景などから、女流作家が生まれた理由みたいなものを教えていただける と嬉しいです。 

<野澤の返事>

 「仮名文字って、もともと、男は漢字を使うものというものがあって、女が漢字を覚えることはなかったから生まれたのですよね?

 そういう建前になっていました。しかし、実際には貴族の女性たちは漢文学の教養は、十分にありました。例えば、国語の授業で必ず習う「枕草子」の有名な段がありますね。

 
雪のいと高う降りたるを、例ならず御格子まゐりて、炭櫃に比こして、物語などして集りさぶらふに、(宮)「少納言よ、香炉峰の雪、いかならむ」と、おほせらるれば、御格子上げさせて、御簾を高く上げたれば、笑はせたまふ。人々も、「さることは知り、歌などにさへ歌へど、思ひこそ寄らざりつれ。なほ、この宮の人には、さべきなめり」と言ふ。

 雪が降った時、中宮定子に「香炉峰の雪はどうかしら」と言われ、清少納言がさっと簾(すだれ)をあげてほめられたという奴です。でもあの時、他の女房たちが何と言ったか。

「その詩(白楽天の漢詩)は、知っているし歌などにも引用するけど、とっさこうしたユーモアとウィットに富んだ反応はできないわね。」

 つまり、女房たちは、みんな知っていた。あの時代の女性貴族たちはみんな漢字が書けたどころか、中国の漢詩の教養もばっちりだったのです
。ただ、知ってるけど、知らないことにするのが奥ゆかしさであり、だから紫式部は「清少納言は漢文を知っているといってやたらに書き散らしているが、よく見ればまちがいだらけだ」と批判しているのです。(暗に漢文の才能は自分のほうが上だと言っている) 

 「国風文化が生まれたのは、日本が遣唐使を廃止したためですよね?

 はっきり言うと、この考え方は誤りです。文化の国風化の流れは奈良時代からありました。最初の和歌集である「万葉集」が編纂されたことからも分かります。しかし、平安時代初期は異様に中国かぶれの時代であり、やたらに漢詩集をつくりました。文化の国風化の暗黒時代と言えます。遣唐使の廃止は、本来あった国風化の流れを加速させたのに過ぎません。

その頃の時代背景などから、女流作家が生まれた理由みたいなものを教えていただけると嬉しいです。」

 紫式部が「源氏物語」を書いた理由として、仕えていた皇后彰子に「最近、何かおもしろい物語でてな〜い」と言われ、「最近、いいのないですね」と答えたら、「じゃあ、おまえが書きなさい」と言われて、書いたのだと言っています。

 また、「更級日記」の作者(菅原孝標の女)が,国司であった父親の任国に一緒にくだっていた少女時代に、「源氏物語」の噂を聞いて、読みたくて仕方なかったこと。そして、京都に帰った後、おばさん(実はこのおばさんというのが「蜻蛉日記」の作者(右大将道綱の母)だったりする)に源氏物語全巻をもらって、必死で読んで、シンデレラコンプレックスにかかったことなどを見ても、当時、宮中で物語がはやっていたと考えられます。

 他方、男性貴族にとって日記は、記録として大勢の目に触れることを前提に書かれていました。事実、歴史的史料として優れた日記がいくつも残っています。しかし、周囲の目に触れるからこそ、男性貴族は漢字で書くことを迫られていました。

 「土佐日記」の書き出しで紀貫之が、「男がするという日記を女である私もやってみようと思う。でも私は女だから仮名で書くのだ。」と書いているように、男も仮名が日本語の表現に優れていることは、十分わかってはいたのです。

 これらを考えると、男性は漢文(漢字)で書くという制約上、日本語を自由に表現できる仮名文字を使えなかった。一方、女性は慎みとして仮名で書くという立場が幸いして、物語の細かい描写が可能となったと言えます。

 漢文の知識も才能も十分あって、なおかつ、仮名を自由に使えた女性が、何かと制約のあった男性を凌駕して、優れた文学作品を残したのではないかと、ぼくは考えています。(あくまでぼくの考えです。違っていたらすみません。)

2004.6.27

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